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▼国分寺崖線裾野の湧水を集めて流れる野川の最源流「真姿の池湧水群」の観測日誌 ▼ガイド・観察日誌・トピックス・インフォ→構成は「サイトマップ」「真姿の泉TODAY index」参照

[トピックス-1]水辺の出来事・聞き取りなど ブログトップ

湧き口から藻が生えている事態についてのリンク集 [[トピックス-1]水辺の出来事・聞き取りなど]

2008年12月末から、真姿の池湧水の湧水口から藻が生えるという現象が起きている。

例年、春先の渇水期になると水路に藻が発生するが、今年はまだ藻が発生するほどには減水しておらず、第二堰上の一部に茶色がかった乳白色のドロドロした藻が発生している以外、水路・用水に藻は全く発生していない。
また、湧水源においては、過去、大渇水の際、湧水源の敷石に藻がついたことはあるが、湧き口から藻が生えたなどということは、隣接の旧家でも見たことがないという。

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不思議!水路の途中で水が増える [[トピックス-1]水辺の出来事・聞き取りなど]

■四年越しの謎
長年、真姿の池湧水を見ている人でも、案外、気づいていない人が多いかもしれないが、上流側の第一堰と下流側の第二堰では、どうみても水量が違う。
上流側の水が多くて下流側の水が少ないのならわかるが、この水路は逆。第二堰の水量が圧倒的に多いのだ。つまり、水路の途中で水が増える。

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昔の湧水・聞き取り集 [[トピックス-1]水辺の出来事・聞き取りなど]

昔の湧水についての聞き取りを日誌本文から転載してストックしておくコ-ナ-です。

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真姿の池湧水水源地の変遷 [[トピックス-1]水辺の出来事・聞き取りなど]

■護岸や擁壁がなかった時代
湧出口のある斜面は、現在の擁壁の角度よりもずっと緩やかに見える。画面左上、斜面を登る階段もまだ作られておらず、山道の片側が板で土留めされている。古くからの住民には、この頃がよかったとなつかしがる人も多いが、雨が降れば水浸しになっていたと聞く。
001真姿の池湧水昭和41年ごろ-2.JPG
[写真1]1966年(昭和41年)ごろ
国分寺市真姿の池湧水群保存管理計画より転載
002真姿の池湧水昭和41年ごろ.JPG
[写真2]1966年(昭和41年)ごろ

■湧水源に擁壁が作られたころ
緩やかな斜面から湧き出る湧出口の上に壁を立てたように見える。斜面の土砂の流出を食い止める壁として作られたものか?擁壁の背後はもともとの緩斜面のままのように見え、擁壁の右端も杉の木につながっておらず、切りたっている。杉の木も、今より少し細い。水路の護岸はまだ作られていない。手前に見えるのが堰かどうかはよくわならない。
003真姿の池湧水昭和48年-2.JPG
[写真3]1973年(昭和48年)
国分寺市真姿の池湧水群保存管理計画より転載
004真姿の池湧水昭和48年.JPG
[写真4]1973年(昭和48年)

■里山の”原風景”として親しまれてきた風景
水路の下に防災用貯水槽が作られたのは1979~80年ごろ(昭和54~55年ごろ)だと、当時、市の職員としてこの改修に携わった人から聞いている。当時、武蔵国分寺の史跡が災害時の広域避難場所に指定されたものの、史跡内は井戸が掘れないため、避難者を支える水源が確保できない。そこで、湧水という無限水を利用して災害時用の貯水槽を作ることになったという。貯水槽の天井(つまり水路の川底)には上流側と下流側の二箇所にグレイチングが設けられ、上流側グレイチングから貯水槽にはいった水が下流側グレイチングから出てくるように循環する構造になっている。
おそらくこの頃に堰や水路の護岸が整備され、遊歩道も砕石を敷き詰めプレスする方式で整備されたものと思う。この時、湧水源の擁壁には触っていないと聞くが、昭和48年の写真の擁壁と比較してみると、杉の木側に擁壁がのばされ、また上にも玉石を一段つぎ足しているようだ。いつごろの仕事かは不明。擬木で土留めした階段が整備されたり、湧水源から水路上流に擬木の柵が設置されたのもこの頃だろう。決して自然のままの姿ではないが、2007年(平成19年)と2008年(平成20年)に改修が行われるまで、里山の”原風景”として長く市民に親しまれてきた風景。1985年(昭和60年)には、環境省(当時、環境庁)の全国名水百選に選定されている。
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[写真5]2004年1月25日
050624真姿の池湧水.JPG
[写真6]2005年6月24日

■「土の階段」から「石の階段」へ(2007年2~3月の改修)
東京都の補助金を得て、ふるさと文化財課が改修工事を担当した。2ヵ年にわたる改修工事の1年目で階段が土から石になった。人工的な雰囲気の強い石の階段には賛否両論。
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[写真7]2008年1月26日

■湧水源の擁壁改修と柵の付け替え(2008年2~3月の改修)
改修工事の2年目では、従前の玉石擁壁が全て撤去され、新しい擁壁が作られた。コンクリ-トを一切使わない空積み構造の擁壁は、水質保全など環境への配慮という観点からも優れた工法と言われているが、旧擁壁を撤去した段階で肝心な水口を崩落させてしまったことはまことに残念。湧水源と水路沿いの柵も、従前より二まわりも太い角材型のものに付け替えられた。
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[写真8]2008年3月18日(工事完了間近)

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[写真9]2008年10月16日(現在の様子)

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[写真10]2008年10月16日(現在の擁壁と柵と遊歩道)


上流の第一堰で水を汲む人たちに対して、水源に近寄らせたくない意向を持つ市が、水路際に入りにくくなるように”工夫”した結果の大きな柵と説明看板による通せんぼ。しかし水を汲む人は一向にめげない。水の霊験を信じる人、水を汲むことに癒しを求める人、カルキのない美味しい水を飲みたい人、水への思いはそれぞれだろうが、柵を大きくして通路を塞いだところで、水を求める人の気持ちは変えられないようだ。

改修にあたっては、遊歩道の整備方法を巡っても一波乱。土の道(正確には砕石舗装。砕石を敷き詰めてプレスした舗装の一種)は雨が降ると水溜りが出来るという理由から、市は石畳、あるいは土系舗装(土を混ぜた固化材による舗装)を予定していたが、市民の「土の道」への愛着は深く、舗装に反対の声が噴出。また、この場所は武蔵国分寺の史跡であるために地面を掘ることができず、硬質舗装の下に雨水浸透施設を作ることができない。舗装で土に浸透できなくなった雨を全て水路に流し込むのは治水上も問題。石畳を固定するセメント材や土系舗装の固化材が水質をアルカリ化させる恐れもあり、貴重な水生生物の保全にとっても好ましくない。
砕石を敷き詰めてプレスするこれまでの整備方法は、雨水の浸透性も高く、こまめに手入れをすれば極めて丈夫で長持ちする。
今回の改修では砕石舗装の補修にとどめられ、「土の道」が残った。

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