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▼国分寺崖線裾野の湧水を集めて流れる野川の最源流「真姿の池湧水群」の観測日誌 ▼ガイド・観察日誌・トピックス・インフォ→構成は「サイトマップ」「真姿の泉TODAY index」参照

2010年8月30日(月) [[観察日誌-3]本日の真姿の泉10年1月~12月]

府中アメダスの最高気温は36.0度。8/28以来、猛暑日が復活しています。
最低気温は24.8度とギリギリ25度を下回り、8/25以降、熱帯夜は脱出しています。
都心のほうでは、熱帯夜の日数の記録がタイ記録になったとか。
都心は、明日31日にかけても熱帯夜となる見通しで、新記録は間違いナシだそうです。

このところ多忙な上にこの暑さで、東京を脱出したいような気分です。
山男の音楽仲間が、先週末、山形の鳥海山と月山に登ってきました。
下は暑かったそうですが、山頂は涼しかったとのこと。
私も、登山とは言いません、山の温泉にでもつかりに行きたいですなあ。

山といえば、今年は空前の富士登山ブームなのだそうですね。
富士山には、山スカートをはいた山ガールがいっぱい!
リフレッシュの目的だけではなく、「達成感」を求めて、若い女性が山に登るのだそうです。

観測は休みました。

■気象
・天気:晴れ
・降雨量:0mm
過去の気象データ検索(気象庁 府中): http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php?prec_no=44&prec_ch=%93%8C%8B%9E%93s&block_no=1133&block_ch=%95%7B%92%86&year=&month=&day=&view=


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2010年8月29日(日) [[観察日誌-3]本日の真姿の泉10年1月~12月]

暑い暑いと思ったら、府中アメダスの最高気温は何と、36.1度!
観測に出かけた8時半で既に暑かったですが、朝のうちにやっておいて正解でした。

今年は台風がひとつ来たきり、それも日本海側の秋田から上陸し、真東に横断して、あっと言う間に抜けていきました。雨は多かったですが、風は強くはなかったので、お米の被害はなかったよう。
気温が高いことも米作には幸いし、お米は大豊作だそうです。

大豊作だと米の値段が下がるのだと農家の人が嘆いているのがテレビで流れましたが、なんだかねえ。
たくさんとれて喜べないと聞くと複雑な気持ちですが、こんな時こそ、新米のおいしさをおおいにアピ-ルして、日本中でおいしいご飯をお腹いっぱい食べればいいのになあ。
テレビでも、ご飯特集、バンバンやればいいのにね。

野沢菜にご飯とか、塩辛でご飯とか、ととろ飯とか、たまりませんね。
とろろ飯は、麦とろよりも白いご飯が好き。なんたって、白いご飯にとろろ、ですよ。

今年は残暑が厳しく長いそうです。
ご飯で残暑を乗り切りましょう!

■観測時刻
8:30

■気象
・天気:晴れ
・気温(観測時):27.9℃
・降雨量:0mm
過去の気象データ検索(気象庁 府中): http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php?prec_no=44&prec_ch=%93%8C%8B%9E%93s&block_no=1133&block_ch=%95%7B%92%86&year=&month=&day=&view=


■真姿の池湧水
・擁壁下湧出口:
(1)東端角、水草と落ち葉の陰で水流見えず。
(2)東端角から20センチあたり、水草と落ち葉の陰で水流見えず。
(3)東端角から西へ40センチあたり、水流見えず。
(4)60センチあたり、微弱な水流。
(5)東端角から西へ80センチあたり、水流見える。
(6)東端角から100センチあたり、水流見えない。
(7)これより西100センチ~150センチくらいの範囲、水流見えない。
(8)東端角から150センチあたり、水流見えない。
(9)東端角から150センチ~200センチの範囲、水流見えない。

・第一堰:2筋 (2-) 擬木の  (a) (f )に流水。二筋とも疑木にへばりつくような平たい水流。
流水量指数は前回8/24と同じ「2-」となるが、水量ははるかに少ない。
観測を開始して以来、第一堰の流量が最も少なかったのは2004年だが、今は2004年よりももっと少なくなってしまった。
20100829-1.jpg

・第二堰:4筋   無 無 無 中太 中太 中 微 無 
20100829-7.jpg
 
・水温(第二堰上):17.5℃

・水深(第二堰上):90mm (前回8/24:95mm↓)
1ミリ単位の計測:90mm (前回8/24:94mm)

第一堰直下から上流側グレイチングの間の川底に埋め込まれている玉石、水面に出ている数:13個
10/1/26 第二堰上の水深が85ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は18個。
 1/31 第二堰上の水深が84ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は17個。
 2/3  第二堰上の水深が84ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は18個。
 2/7  第二堰上の水深が83ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は19個。
 2/10 第二堰上の水深が84ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は20個。
 2/21 第二堰上の水深が86ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は17個。
 3/22 第二堰上の水深が99ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は7個。
 3/28 第二堰上の水深が104ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は5個。
 4/18 第二堰上の水深が108ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は2個。
 4/25 第二堰上の水深が113ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は0個。
 5/5  第二堰上の水深が123ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は0個。
 5/9  第二堰上の水深が120ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は0個。
 6/27 第二堰上の水深が108ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は2個。
 7/11 第二堰上の水深が108ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は3個。
 7/18 第二堰上の水深が107ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は4個。
 7/25 第二堰上の水深が103ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は5個。
 8/1  第二堰上の水深が101ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は5個。
 8/8  第二堰上の水深が98ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は8個。
 8/16 第二堰上の水深が99ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は5個。
 8/24 第二堰上の水深が94ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は11個。
 8/29 第二堰上の水深が90ミリの時、水面に頭が出ていた玉石は13個。

■弁財天の池
・池から隣家水路へのオ-バ-フロ-:あり。越流箇所の水位、低水位。越流箇所中央の玉石の五分の四、水面に出ている。導水量は8/24と同じ。

・池:やや濁っており、油膜も浮いている。
・池奥(崖沿い)水路:やや濁っており、油膜も浮いている。

■万葉植物園湧水
・洗濯場の堰(元町用水):たたきの7センチ下あたりに水面。(コンクリ-トのたたきが傾いている補強のためか、たたきの前に木製の板が立てられた。たたきの水平面よりも2センチくらい上に出ており、板が9センチほど水の上に出ているので、9センチ-2センチ=7センチとした)

上流側
20100829-4.jpg

下流側
20100829-3.jpg

・石橋たもとの擬木(洗濯場の堰の上流)水面に出ている長さ:347mm (前回8/24:347mm)

・石橋の上流側・下流側の干潟:
上流側の干潟は水路幅五分のニ程度。
下流側の干潟は水路幅四分の一程度。

・石樋(植物園内):落下する流水、ほぼ垂直(やや前に飛び出している。)
背後の滝、向かって右側微量、左側は流れは見えないが乾いてはいない。
20100829-5.jpg

20100829-6.jpg

■ナガエミクリ自生地
20100829-2.jpg

■リオン湧水
・元町用水まで流れはつながっていない。
民家ブロック塀付近は夏草に覆われてよく見えないが、ブロック塀の手前4mあたりで水が消えている模様。

・道路下土管出口付近の川幅:70cm (前回8/24:70cm)

Memo
観測を開始して以来、第一堰の流量が最も少なかったのは2004年だが、今は2004年よりももっと少なくなってしまった。
しかし、第二堰上の水深は、現在、2004年よりもずっと多い。
2004年の第一堰の流量が最も少なかった時には、水深75ミリにまで落ちこんだが、今は90ミリある。
第一堰から落下する水(つまり、玉石擁壁から湧いている水)は激減しているが、第一堰下の水路の下に設置されている貯水槽に地下から直接流入している地下水の量は、さほど減っていない、と考えるしかない。

第一堰の流量がここまで減ると、以前は、元町用水との合流点のすぐ上流側には必ず干潟が出ていたものだが、写真のとおり、干潟はまったくでていない。
20100829干潟がない.jpg

リオンの湧水も、量は減っているが、まだ下の道路に届いている。真姿の池湧水第一堰が細々とした2筋になっている時、リオン湧水が下の道に届いているなどということは、かつてはあり得なかった。

また、万葉植物園湧水についても、5日前の8/24とほとんど変わっていない。

つまり、真姿の池湧水第一堰の流水だけが、異常に減っている。
これは、デ-タ分析などせずとも、一目瞭然。
やはり、崖上のマンション建設や、真姿の池湧水の玉石擁壁の改修工事などの影響が、じわじわと出てきているのではないだろうか。

Nature
▼お寺(万葉植物園)の樹齢250年のサルスベリが満開。
20100829お寺のサルスベリ-1.jpg

20100829お寺のサルスベリ-2.jpg

▼本堂の後ろの崖線に目をやると、木が一本、立ち枯れたようになっている。
市の天然記念物のコウヤマキよりは手前のようだが、植物オンチの私は、木の種類が判別できない。
今まで気づかなかったが、いつからこのようになっているのだろう。
2005年秋に撮影した写真では、このようにはなっていなかった。
20100829お寺の裏、枯れ木.jpg

▼近頃、あまり見なくなった数珠の実。場所は、リオン湧水の川幅観測場所近く。
20100829数珠の実.jpg

▼元町用水には、藻なのか水草なのかわからないが、緑色の塊があちこちに浮いている。
夏場にこのようなものが浮いていたのは記憶にない。この暑さのせいだろうか。
20100829藻のようなもの-1.jpg

20100829藻のようなもの-2.jpg

20100829藻のようなもの-3.jpg
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2010年8月28日(土) [[観察日誌-3]本日の真姿の泉10年1月~12月]

府中アメダスの最高気温は35.0度。猛暑日復活です。雨は降りません。
8月も残すところあと3日。月末にはきっと、いろいろな暑さの記録が発表されることでしょう。
府中アメダスの最低気温は24.6度。最高気温との差は10度以上に開きました。

一方、都心は最高気温34.7度。多摩よりも若干低めでしたが、最低気温27.4度と、あいかわらず27度より下に下がらず、落差も7.3度しかありません。
多摩に住んでいてよかったと思いますが、都心のことも決して人ごとではありません。

多摩と言っても、奥多摩となると気象も別物ですが、府中・国分寺あたりと都心とでは、気象に大差はないはず。いえ、旧江戸市街地は海風が吹いて、本来気候の良い場所だったはず。
多摩の状況もすでに決して良いわけではないけれど、これだけの差が出るのは尋常なことではないのでしょう。
エコ、エコとうわべだけのエコではもう駄目。エコは二酸化炭素排出量だけではありません。本気で都会のコンクリートとアスファルトを引き剥がすことを考えないと、本当に東京はとんでもないことになりかねません。

あまりの暑さにみんなヤケクソなのか、昨夜は外で夕食をとろうと駅前に出たら、焼き鳥屋は大混雑で外にまで人が溢れておりました。
焼き鳥屋を目指して行った私らも私らですが。
で、別の焼き鳥屋に入って、バンバンを火を焚いている店で焼き鳥とタジン鍋を食べました。お店の名は「炎家」!!
毒を食らわば皿まで、気合で乗り切るしかないですねっ!!

観測は休みました。

■気象
・天気:晴れ
・降雨量:0mm
過去の気象データ検索(気象庁 府中): http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php?prec_no=44&prec_ch=%93%8C%8B%9E%93s&block_no=1133&block_ch=%95%7B%92%86&year=&month=&day=&view=




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2010年8月27日(金) [[観察日誌-3]本日の真姿の泉10年1月~12月]

府中アメダスの最高気温は34.9度。そして雨が降りません。
8月にはいってからの降雨は、きょうまでにわずか51ミリ。残り4日間も雨の予報はありませんので、このまま行くと、1977年以来、8月の月降雨量が少ないほうから四番目あたりになりそうです。

気温のほうは、8月20日以降、一日の最低気温が25度を下回る日が多くなってきました。
多摩地区はようやく脱熱帯夜へと向かっています。(あくまでも、観測地点での気温ですが)

しかし、都心の熱帯夜は今もまったく解消されず、一日の最低気温は27度を超えたままです。
夜中に気温が下がらないという、ヒ-トアイランドの典型的な現象で、おそらく最低気温の平均は過去最高となるのではないでしょうか。

一日の最低気温はだいたい明け方の4時台に出るようですが、27日府中の最低気温は24.8度。前日26日の最高気温が34.6度ですから、9.8度の落差があります。
一方、東京都心(東京)の27日の最低気温は27.1度。前日26日の最高気温は34.7度ですので、その落差は7.6度にとどまっています。
日中の気温は都心も多摩もほとんど同じですが、都心は夜中に気温が下がらないということがよくわかります。

これ、見方をちょっと変えると、都心に比べればまだまだ被覆率(地面がコンクリ-ト等、透水性の無い物質に覆われている割合)が低い多摩地区が、一種、都心の冷却装置の役割を果たしていて、多摩の状況が悪くなれば、都心はますます冷えなくなるのではないか、という気がします。
多摩地区は、都心に対する水の供給源でもあり、酸素の供給源でもあり、都心のヒ-トアイランドの緩和剤でもあり、ということなのではないでしょうか。

だから、これ以上多摩を悪くすると、都心はますます悪くなる。
多摩地区にもう行政によるハコモノはいらないし、民間の開発も考え方をよほど変えないと、東京全体が駄目になってしまう。
そういう危機感を行政が持っていない、その能天気ぶりがなんとも腹立たしい今日このごろです。

観測は休みました。

■気象
・天気:晴れ
・降雨量:0mm
過去の気象データ検索(気象庁 府中): http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php?prec_no=44&prec_ch=%93%8C%8B%9E%93s&block_no=1133&block_ch=%95%7B%92%86&year=&month=&day=&view=


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マンションの床は売れる見込みナシ~北口再開発西街区ビル見直し案の市民説明会 [[トピックス-4]国分寺崖線での開発計画]

昨日(8/26)の北口再開発西街区ビル見直し案の市民説明会には行かず、ネットで公開されている資料を見ていましたが、24日の説明会に行ったという人から、夜、少し話しを聞きました。

市民意見職員意見にあったいろいろな提案に対して、ことごとく「床の処分に大きな課題があります。」と一蹴していましたが、床の処分に問題があるのは、マンションでも同じこと。
説明会でも当然のことながら、「それじゃあマンションの床なら売れるのか」という質問が出たとのことですが、予定価格で売り切る見込みがあるわけじゃやない、というより見込みはない、ということが判明。
売れなければ市がかぶる。もちろん税金を使って。

売れない見通しのものを何故作るのか?誰が得をする話なの?

「市役所をなぜ入れないのか」という質問も当然出たそうです。
市民意見、職員意見に対して、「その予定はない」と一蹴し、理由は説明されていませんでしたが、説明会ではさすがに理由を言わないわけにはいかず、市長答弁があったとのこと。
市長の答えは「前に失敗したから」

市長の失敗というのはこういうことです。
市役所本庁舎の耐震問題で建て替えをせざるをえなくなった時、恋ヶ窪の同じ場所で建て替えるか、泉町の都所有の休閑地(都立武蔵国分寺公園の西隣)に移転するか、ふたつの候補地のどちらを選ぶかという議論が始まりました。
その時、市長がまったく唐突に、「泉町に移転させます」と意思表明してしまい、現市役所のある恋ヶ窪周辺の商店主らを中心に、猛反対が起きたといういきさつがあるのです。市長の失敗とはこれのこと。

以前唐突に、「新市役所は泉町のほうがいい」と言って失敗したので、今度も「再開発ビルに市役所を入れます」と唐突に言えば失敗するにちがいない、ということなのです。

しかし、市役所建て替え場所は恋ヶ窪がいいか泉町がいいかという議論をしていた時と、今とでは全く状況が異なります。
当時は、北口再開発と並行して、市役所を新築することになっていました。
ところが、その後、北口再開発の事業資金がうなぎのぼりに跳ね上がり、再開発をやれば市役所は建てられない状況となり、北口を優先、市役所新築問題は事実上白紙になったのです。
ところが今度は、北口再開発のほうも、「商業床では売れない」という話になり、商業ビルとして計画されていた西街区は、地権者と交換する床面積だけ残して、ビルの大半をマンションにするという方針が出されたのです。

今回の説明会はその方針の説明のためのものですが、マンションにしたって床は売れ残り、市が20何億だかかぶる見通しだというのです。
だったらそのお金で市役所を入れればいいじゃないと、誰だって思うでしょ。
私が今まで市役所問題について話したことのある人は、市民、識者を問わず、全員がそう言っています。
そのくらい、今、市民にとってニ-ズのある話なのに、「市長が前に失敗したから」という理由で市民の側のニ-ズに目を向けようとしない。

市役所は、本庁舎が立ち入り禁止で、あちこちに機能が分散されているのだから、新庁舎建設の緊急性は最大なのです。
ところが、北口再開発の緊急性のほうがより高いということで、新庁舎建設は白紙になったわけですが、ここへきて商業ビルの計画がただのマンションの計画になり、商業の発展につながるものではなくなった。特定の人のお城を市が作ろうという話になっちゃった上、売れ残る見通しだというのだから、そんなもの、大半の市民は望まない。
公益性のきわめて低い、しかも税金をドブに捨てるような再開発ビルをつくることより、新庁舎建設の緊急性のほうがはるかに高いのです。
しかも市は、西街区の3フロアをつかって、図書館だの市民サロンだの、緊急性の全く無い公益施設を作って見せかけの公益性をアピールしようとしているのだけれど、それならあと2~3フロアも増やせば市役所を入れるのに十分な面積でしょう。
税金はそういうことに使って欲しい。

市長が以前、失敗したのは、新市庁舎建設地の選択肢は二つあって、市長が勝手にひとつを選んでしまったからです。
その計画は結局頓挫して、今、新市庁舎を建てるとすれば、場所は北口再開発ビルしかない。選択肢は一つしかないのだから、どっちを選ぶかの問題でなく、やるかやらないかの問題です。

市長は、「北口再開発のスケジュールが押しており、市役所について市民のコンセンサスを形成する時間的余裕はない」とも言ったそうですが、スケジュールはもうすでにここまで遅れているのですから、あわてて売れないものを作るなんて馬鹿なことをしちゃいけません。
市民に聞かずに先走ったことが失敗だったというのなら、今すぐ、「市役所を再開発ビルに入れたいがどうか」とアンケ-トでもとればいいのです。
間違いなく圧倒的多数が賛成するはず。項目を絞れば集計時間も短縮できるはずです。
北口再開発の時間的余裕がないのであれば、短期間で市民のコンセンサスをまとめるのが市長の仕事。
問いかけさえすれば、圧倒的多数のコンセンサスを得られるはずのことをやらない。

みんなが意見を言っているのに、行政が聞く耳もたない。
情勢を見極められず決断がつかない、このアンテナ感度の鈍さが、市民と乖離して行くだけではなく、関係事業者が次々と手を引いていく原因なのかも。
ハコモノを作る能力なしと見限れば、みすみす損する事業に手を出す業者はいないでしょう。
次から次へと見捨てられ、「マンション建設なら、まあ、やってもいいですよ」という最後の頼みの綱にしがみついているとしか思えません。

市役所移転をやらないのなら、もう再開発自体をやめたほうがいい。
地権者との契約は進んでしまったけれど、超高層マンションを建てることなんて、大半の市民は望んでいないのですから。ましてや、売れ残る見通ししかないのならなおさらのこと。
やめれば四方八方に弁償金を払わなければならないけれど、おそらく火傷の度合いはそれが最小。
このまま行けば、国分寺市は大炎上、まさに坂道をころがり落ちるように、財政破綻の道をまっしぐらではないか。

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2010年8月26日(木) [[観察日誌-3]本日の真姿の泉10年1月~12月]

府中アメダスの最高気温はきょうも34.6度。降雨なし。

観測は休みました。

■気象
・天気:晴れ
・降雨量:0mm
過去の気象データ検索(気象庁 府中): http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php?prec_no=44&prec_ch=%93%8C%8B%9E%93s&block_no=1133&block_ch=%95%7B%92%86&year=&month=&day=&view=


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国分寺式「PDCAサイクル」 [[特集]湧水・地下水保全条例制定への課題]

ちょっと時間がたってしまいましたが、8/23の国分寺市緑の基本計画見直し等検討協議会傍聴記の続きです。

湧水と地下水の保全に関する検討事項について市長が諮問を行う附属機関の構成員を「識見を有する者」だけに限定し、結果、市民の意見を聞かずに施策を決定できてしまう、まさに「すり抜けの仕組み」が作られようとしていることがわかり、仰天。
傍聴席からはモノが言えないので、パブリックコメントで言うしかありませんが、私たちにとって待望の湧水・地下水保全条例は、蓋をあけれてみれば、ある種の隠れ蓑として策定される感が否めません。

一方の緑の基本計画は非常に膨大なもので、傍聴用資料は会議が終われば回収されてしまうので、なかなか全容がつかめませんが、これは基本計画であるので、目標としてかかげられたものについては、たしかにそのとおりというものが多く、検討協議会の委員さんが細かいところまで丁寧に検討してきてくれたおかげで、かなり良くなっているように思えます。

基本計画の中身が生きるかどうか、肝心なのは実施計画でしょう。
それは、基本計画の中にもうたわれており、手元の資料には、こんな風に書いてあります。

-------
計画の進行管理
緑と水の将来像「(中略)」の実現に向けて、今後、本計画に即して個別施策を実施していきますが、(中略)確保目標の達成状況や個別施策の進捗状況について、市民、事業者等、市の三者が定期的に点検・評価し、適宜計画を見直していくことが重要です。
このため、本計画に位置づけられた個別施策の実施時期や目標を示した「国分寺市緑の実施計画」を策定し、計画(Plan)-実施(Do)-点検・評価(Check)-見直し(Actionn)を行う「PDCAサイクル」により計画の進行管理を行います。
-------
ほう!国分寺でも「PDCAサイクル」ですか!

「PDCAサイクル」というのは、事業活動における管理業務を円滑に進める手法の一つ。
Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)の 4 段階を順番に行って1周したら、最後のActを次のPDCAサイクルにつなげ、螺旋を描くように1周ごとにサイクルを向上(スパイラルアップ)させて、継続的に業務改善する、という手法のこと。
特に新しい考え方というわけではなく、提唱されたのは1950年代だといいますが、典型的なマネジメントサイクルなので応用範囲が広く、さまざまなマネジメントに活用されています。
たとえば、受験勉強の進行管理なんかにも応用ができます。
ものごとを計画的に進めて効果をあげるための手順として、きわめてオ-ソドックスな、いわば当たり前の手法です。
緑の実施計画の進行管理に、あらたにこれを取り入れるのだそうです。

今まではどうしていたのかと思いますが、この手順で行くことにしたのは結構なこと。

しかし、おや?

国分寺方式には、「計画(Plan)-実施(Do)-点検・評価(Check)-見直し(Action)」って書いてあるけど、
「Action」って、見直しっていう意味ですか?
しかも、「A:見直し」の説明のところに、「点検・評価の結果を踏まえ、計画の見直しを検討します」と書いてある。

え?「Action」って、「計画の見直しを検討」することなの?
はあ、たしかに「検討する」もアクションのひとつでしょうけど、前には進みませんわね。

「Action」って、実施した計画の進捗状況を評価し、うまくいっていないところを洗い出したら、「改善策を打ち出し、それを実行する」っていうことじゃないの?
つまり「Action」「Act」とは「修正をして進める、必要な措置を講ずる」という意味。
国分寺方式にはこれが抜けていて、「Action」がお役所流に読み替えられているのです。

点検・評価の後、計画の見直しを検討して、また計画を作るのじゃ、同じところを堂々巡り。

サイクルが向上しない秘密はここにあったのかと、思わず、う~~んと唸りました。
この考え方だと、見直しと検討を永遠に繰り返すことができるんですね。

何も生み出さずに、わざわざ同じところを回り続けるマネジメントって、ある意味、凄い。


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国分寺駅北口再開発事業西街区ビル見直し案が公開されています [[トピックス-4]国分寺崖線での開発計画]

このブログの8/18付けで、国分寺駅北口再開発事業西街区ビル見直し案の市民説明会が8月24日と26日に開催のご案内をいたしました。
http://masugata.blog.so-net.ne.jp/2010-08-18-1

私は8/24に行くつもりでしたが、軽い熱中症になったので8/26のほうにと思っていましたが、きょうも暑いので家でグダグダしています。

市のホームページに、昨日(8/25)付けで「国分寺駅北口再開発事業西街区ビル見直し案決定」の記事が出ました。平成22年7月21日に、市として見直し案を決定したのだそうです。
説明会に行けなかった方、ご参考になさってください。

国分寺駅北口再開発事業西街区ビル見直し案を決定しました
更新日 平成22年8月25日
国分寺駅北口再開発事業西街区ビル見直し案について:
http://www.city.kokubunji.tokyo.jp/torikumi/4253/012232.html

-----(以下、転載)----------
検討を進めてきた西街区ビルの施設計画について、平成22年7月21日に、市として見直し案を決定しました。今後は、この見直し案を基に、議会での審議もふまえながら、都市計画の変更に向けた調整と、基本設計に向けた具体的な基本計画作成を進めて参ります。見直し案の内容などについては、下記をご覧下さい。
また、見直し案の検討過程では、市民のみなさんから、多くの意見をいただきました。どうもありがとうございました。いただいたご意見の一覧と、それに対する市の考え方についても、下記に掲載しています。
今後とも国分寺駅北口地区再開発事業について、ご理解とご協力の程、よろしくお願いいたします。

見直し案決定までの経過(PDF形式 7.3KB)
西街区ビル施設計画見直し案について(PDF形式 8.8KB)
検討案の比較表(PDF形式 21.6KB)
西街区ビル見直しへの市民意見概要、およびその意見への考え方(PDF形式 163.5KB)
西街区ビル見直しへの職員意見概要、およびその意見への考え方(PDF形式 84.8KB)
--------------------------------

PDFファイルの中に、「西街区ビル見直しへの市民意見概要・・」というのがあって、平成22年6月22日から募集した市民意見をまとめたものですが、もうひとつ、「西街区ビル見直しへの職員意見概要」というのがあります。
記述によると、西街区ビルの施設計画案の見直しに際しては、市民の皆さんからの意見募集と並行して、市役所内で職員からの意見も募集し、それをまとめたものだそうですが、市民意見と並べて職員意見を公開しているのなんて、はじめて見ました。

中身を読んでみますと、職員さんたちもそれなりに考えていろんなアイデアを出しておいでです。
マンションにしないで市役所移転せよというのも何通かありましたが、市は「市役所の移転は考えておりません」と軽く一蹴。考えていない理由は書いてありません。回答の体裁をなしていませんが、要するに書けない理由があるのでしょうね。
ほかのアイデアに対しても、「床の処分に大きな課題があります。」と、要するにほとんど全否定です。

なんで意見募集なんかしたんですかね。
庁内的にも反対意見が多くて、一種のガス抜きなのでしょうか。
国分寺市職員はイエスマンばかりではないのだということはわかりましたが、職員意見は無記名だったのでしょうか。市民は住所・氏名・年齢・電話番号など全部書いてだしますが・・・。
職員さんたちも記名だとすると、反対分子あぶりだし、なんてことはまさかないでしょうね。

しかし職員意見、学級会レベルとは言いませんが、あんまり迫力ありません。そのように編集されて公開されたのでしょうか。

中にはこんなのありました。
「住宅とするのであれば,日本最高水準と言えるくらいの環境配慮型住宅にしたら,話題性が出ると思う。」
って、百何十メートルだかの超高層で、何が環境配慮型なんだか。

もっとすごいのありました。
「居住建築物についてはひとつのみ国分寺市のシンボルとして「七重の塔」を模したものをつくる。」
誰が買って住むかなあ・・・。
これに対する市の回答が笑えます。
「国分寺らしさを取り入れていきたいと思いますが,景観に配慮し2つのビルのバランスも重要であると考えます。」
ふたつとも七重の塔ならいいのかね。

私はというと、駅前に再開発の都市計画がかぶせられて何十年もたつため、密集した古い建物の建て替えもできず、地震がきたら火の海になること必至。なので、なんらかのかたちで再開発はすべきだと考えてきましたが、今回の全部マンションの計画変更と総工費がどんどん増えて行くことへの疑念から、都市計画自体を全部やめるべきだと、考えが180度かわりました。
都市計画がなくなれば、民間は老朽化した建物を自分で建て直しますよ。道路なんか狭くて結構。

ただし、市役所を移転させるという話になるのなら賛成です。その考えはないそうですが。
市役所本庁舎の耐震強度が恐ろしく低く、立ち入り禁止になってから何年たつのでしょう。
行政機能は市内のあちこちに分散して、不便この上なく、この非効率自体が大きな無駄です。
北口再開発経費の高騰のために、市役所新築問題は白紙撤回されました。
なぜ、北口再開発に市役所を入れないのか、不思議でなりません。
旨みがないのでしょうか。

都市計画の見直しばかりが、何十年にもわたって延々と繰り返される間に、街は停滞し、老朽化し、危険が増し、どんどん悪くなる。まさに見直しのデス・スパイラル。
むしろ、なるべく何もしないでいてほしい・・・。

そろそろ市民説明会は終わったころでしょうか。



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2010年8月25日(水) [[観察日誌-3]本日の真姿の泉10年1月~12月]

府中アメダスの最高気温は34.7度。
終わりの見えない灼熱地獄、いったいどこまで続くのでしょう。

いつもの夏なら、8月の終わり、行く夏を少し惜しむような気持ちになりますが、今年はちっとも惜しくない。
家の隣の敷地には、近くに建設のはじまるマンションのモデルルームができるとかで、これが三階建ての大きなもの。鉄骨の柱が立ったところで、まだ覆いがないので、トンテンカンと鉄骨を打つ音など、結構な騒音が響いてきます。
でも、この炎天下、日差しに焼かれて外で作業をしている人、大変だなあと思います。

テレビでは幕末生まれの人がまだ生きていることになっていると大騒ぎ。
大阪の”生存者”が圧倒的に多いというのも、さもありなん。
これから戸籍を抹消するのだとか言っていましたが、ちょうど今、竜馬ブームというか幕末ブームだし、時代がつながっているんだなあということが実感できて面白い。
生死を確認しようもなく、でも生きているはずのない人の戸籍抹消にお金と手間隙かけるより、このまんま保存しておいたほうがいいのじゃないか、なんて思います。

幕末から何度も戦争や災害をくぐりぬけているのに、戸籍が保管されていたってことのほうが凄い!
驚きというか、ある種の感動をおぼえるのは私だけでしょうか。
現在の戸籍がいい加減じゃ困るけど、江戸時代生まれの人の抹消されそこなって残り続けた戸籍って、一種の文化財みたいなもので、江戸時代にどこぞの誰平さんがここに生きていたって証拠の記録は、とっておいたほうがいいんじゃないでしょうか。
名もない人でも、ここまで記録が残り続けたとなると、よくぞここまでと喜びたいような気持ちがします。

死んだことを誰も届け出てくれなかったからこそ戸籍が残ってしまった人の人生って、たぶん、そんなに平穏ではなかったはず。お墓だって無いでしょうに。
だからこそ、今になって戸籍抹消だなんて、なんだか忍びないような気がします。

夏の終わりはやっぱり少し、遠い目になるのかな。

遠い目といえば、菅総理の思考停止したような表情、暑さボケじゃ困るんですけど。

観測は休みました。

■気象
・天気:晴れ
・降雨量:0mm
過去の気象データ検索(気象庁 府中): http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php?prec_no=44&prec_ch=%93%8C%8B%9E%93s&block_no=1133&block_ch=%95%7B%92%86&year=&month=&day=&view=


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旧四小跡地東山道保存・整備計画2月の図面とその後の変更 [[トピックス-3]歴史・文化財をめぐる風景]

東山道武蔵路の保存・整備計画図面の変遷をたどってみましょう。

今回、7月と8月に行われた実施設計素案の市民説明会以前に、今年2010年1月31日と2月1日に、「旧市立第四小学校跡地に所在する古代東山道遺構の保存・活用整備計画」中間報告市民説明会が開催されていました。
http://masugata.blog.so-net.ne.jp/2010-01-30

私はこの時に説明会には出ることができなかったのですが、国分寺市教育委員会が2010年2月にまとめた「旧市立第四小学校跡地に所在する古代東山道遺構の保存・活用整備計画」を、国分寺市のホームページから見ることができます。

市ホームページ 旧第四小学校跡地に所在する古代東山道遺構の保存・活用整備計画:
http://www.city.kokubunji.tokyo.jp/keikaku/4186/011075.html

旧第四小学校跡地に所在する 古代東山道遺構の保存・活用整備計画(pdf)
(平成22年2月国分寺市教育委員会):
http://www.city.kokubunji.tokyo.jp/dbps_data/_material_/localhost/700000/s703000/TosandoSeibikeikaku.pdf

その2月の時点での計画図面をアップします。
2月の図面と7月の図面の比較、7月の図面と8月の図面の比較も載せておきます。

■2月の図面(旧四小跡地全体)
2010年2月の保存・活用整備計画図画像.jpg

2010年2月の保存・活用整備計画図.doc

■2月の図面拡大
●南側に植栽はあるが芝生はなく、全体がコンクリート平板またはインターロッキングブロックの貼り分け。
●第一期の溝がうすいオレンジ色、その後、道路が西側に少し移動した第三期の溝が薄茶色で表現されている。
●第三期の時代になって、第一期の溝にかかる場所に竪穴住居が建てられていたことを、色分けで表現してある。
2010年2月の保存・活用整備計画図画像拡大.jpg

2月図面拡大.doc

■2月の図面と7月の図面の比較
●大きくかわったのは、全体を覆っていたコンクリート平板またはインターロッキングブロックの貼り分けが取りやめになり、道路遺構・道路側溝跡部分と住居跡部分が弾性舗装(ゴムと砂を混ぜた素材)の色分けになった点。
●それ以外のところは芝生(草地)にして緑が多く確保された。
2月図面と7月図面の比較資料画像(畑中加工).JPG

2月図面と7月図面の比較資料(畑中加工).doc

■7月の図面と8月の図面の比較
●道路遺構が草地で、道路遺構の両側が弾性舗装というあべこべの表現に変更されたものが市民説明会で示された。
●芝生(草地)の配置が逆になっただけで、芝生(草地)の面積はたいして増えていない。夏場の照り返しの量はほとんど同じであり、公園としての快適性がよくなっているわけでもない。
●夏場、草地(芝生ではなく雑草地)にされた道路遺構の草丈が伸びれば、溝の表示も見えなくなる。何のための遺構整備なのだか全く本末転倒な上、公園としての使い勝手にも疑問。むしろ悪くなっている。
7月図面と8月図面の比較資料画像(畑中加工).jpg

7月図面と8月図面の比較資料(畑中加工).doc

以上、計画図面の変遷を見ていただきました。

今年2月の図面は、実寸代のジオラマ的な表現に徹しており、全体が舗装材で覆われているので、住宅地の中の公園としての居住性はどうなのかなあ、という気がします。
しかし、この地区一帯は他に公園がない場所ではなく、逆に公園だらけの場所です。福祉施設の東側道路を渡れば、新第四小学校のすぐ隣りに広大な都立武蔵国分寺公園の入り口があります。
公園の中に街があるような場所ですので、史跡公園は実寸代のジオラマでもよいのかなあという気もしていました。

ただ、私の希望としては、武蔵野の草原の中にどこまでもまっすぐに続く、幅12mの幹線道路が体感できるような整備がされれば最高だなあと思っていました。
7月に出てきた実施計画は、まさにそのとおりの表現がされていました。
市のやることには珍しく、といったら失礼でしょうけれど、これは快挙だなあと。
遺構表現も大事だけれど、住空間の一部としての快適性も大事。そのことをずっと言い続けてきましたが、まさにそのバランスが絶妙にとられた良い計画だと喜んでいました。

ところが今回の8月の実施計画では、今までの何もかもが無になるような、とんでもない計画変更です。
公園の中に街があるような地区に草地をひとつ増やし、肝心な遺跡が実感できないようなものをこしらえるとは、いったいどういうことなのかしら。

その裏に、いったい何があったのでしょう。


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