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▼国分寺崖線裾野の湧水を集めて流れる野川の最源流「真姿の池湧水群」の観測日誌 ▼ガイド・観察日誌・トピックス・インフォ→構成は「サイトマップ」「真姿の泉TODAY index」参照

真姿の池湧水はこんなところ [[ガイド-1]真姿の池はこんな所・エリアマップ]

-目次-- 

■国分寺崖線の裾野には今もたくさんの湧水
 ・国分寺崖線(こくぶんじがいせん)とは
 ・ハケの湧水
 ・谷戸の湧水
 ・野川源流

■国分寺崖線の遺跡と湧水
 ・旧石器・縄文時代
 ・弥生時代
 ・古墳・飛鳥・奈良時代
 ・平安時代
 ・平安末期・鎌倉時代
 ・江戸時代から昭和



■国分寺崖線の裾野には今もたくさんの湧水
国分寺崖線の湧水GIF.GIF
国分寺崖線の湧水(東京都国分寺市)・・・地図クリックで拡大

●国分寺崖線(こくぶんじがいせん)とは
国分寺崖線は太古の多摩川(約6~ 3万年前)が武蔵野台地を削ったことによって誕生した崖。東京都の西は立川市にはじまり東は大田区まで約30km、東京を東西に貫く緑の景観遺産です。国分寺市内ではその崖線地形が最もはっきりしています。

●ハケの湧水
崖線(ハケ)の裾野には、武蔵野台地の地下水が湧き出す湧水が今もたくさん残されており、「真姿(ますがた)の池湧水」はその代表格。近辺の湧水とともに「真姿の池湧水群」として知られ、環境省の全国名水百選や東京都の名湧水・名勝にも選ばれています。
真姿の池湧水.JPG
真姿の池湧水

竹垣下.JPG
元町用水起点(竹垣の奥の大木の根元など、二つの湧水源)

植物園湧水石樋.JPG
万葉植物園湧水石樋(現・国分寺境内)

リオン湧水水路.JPG
リオン湧水水路(護岸のない土の水路)

081003不動明王湧水.JPG
不動橋・不動明王湧水(画面下の手水鉢の中に湧出)

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東京経済大学・新次郎池(池を取り囲む崖にたくさんの湧出口)

●谷戸の湧水
太古の多摩川は、国分寺崖線の南に落ち着いた後、次第に河道を南へと移し、現在の多摩川の位置に固定されましたが、国分寺崖線の下に落ち着く以前は、現在の青梅付近を扇頂として台地上でたびたび流路を変え、台地を穿つ暴れ川でした。

その時代の旧河道が、武蔵野台地側に深く切り込む谷(谷戸)地形として残されており、その谷戸の中にもたくさんの湧水があります。
その代表格が、中央線北側の日立中央研究所構内の谷戸から湧き出る湧水。構内にはたくさんの湧水ポイントがあり、日立構内の庭園の大池(湿地帯だったところを人工池に改修したもの)に集まった湧き水が中央線下のトンネルをくぐり抜けたところが野川の起点。

日立中央研究所さんや谷.JPG
日立中央研究所構内 さんや谷

日立中央研究所大池.JPG
日立中央研究所構内 大池

●野川源流
これらの崖線と谷戸から湧き出る湧水が野川(多摩川支流)の最源流域を形成しています。


■国分寺崖線の遺跡と湧水
武蔵国分寺の遺跡と湧水地図GIF.GIF
武蔵国分寺の遺跡と湧水・・・地図クリックで拡大

●旧石器・縄文時代
崖線のうっそうとした森は食物の宝庫。湧水の湧く崖上には、旧石器時代から人々が住み始めました。上の地図が示すように、湧水と古代遺跡はワンセット。泉を抱える崖上を掘れば、必ず縄文遺跡が出てきます。

●弥生時代
ところが、稲作が広まった弥生時代の遺跡は、国分寺からは一切出ていないそうです。湧水は冷たすぎて稲作には向かないため、人々は多摩川沿いに移り住み、国分寺は人の住まない時代が長く続きました。

●古墳・飛鳥・奈良時代
多摩川近くの府中周辺が文化の中心となり、出雲系の国造を支える豪族が力をつけたようです。
飛鳥時代になると、府中に国府が置かれ、中央集権化が進みます。
奈良時代には聖武天皇が全国に向けて「国分寺建立の詔」を発布し、武蔵国では、国府の北、東山道武蔵路に接し、国分寺崖線を背負うこの場所が四神相応の地の要件にかない、国分寺建立にふさわしい「好処」として選ばれました。弥生時代以来、人が消えていた地に、突如として荘厳な七堂伽藍、人工都市が築かれたのです。

全国一広い武蔵国分寺の寺域には、湧水を抱える国分寺崖線が取り込まれました。現存する「真姿の池湧水」「万葉植物園湧水」「リオン湧水」のいずれも、武蔵国分寺の寺院地の中に取り込まれています。中でも、「真姿の池湧水」は当時から特別に神聖な泉とみなされていたようで、そのほぼ真南の場所に、寺院の中心的施設である七重の塔が建設されました。

東山道武蔵路が崖にさしかかるあたりにもかつて湧水があったそうです。現在はすっかり涸渇してしまったようですが、遺跡地図等には載っています。ここに湧水があるために、崖が台地側に窪んだ谷地形になっており、東山道武蔵路は、この谷筋を利用して敷設されているようです。道路端の湧水は、古代の官道を往来する人々にとっても恵みの泉だったことでしょう。

この泉は東山道の東側にあるので、もちろん、武蔵国分寺の寺院地内です。
この泉の100mほど東、武蔵国分寺伽藍地区画溝のすぐそばから掘立柱建物跡が発見されており、その西脇には長方形の大穴も出ています。
建物と穴の境は土留めのための瓦積みがほどこされており、建物内部には、高さ94センチ、胴幅81センチという巨大な須恵器の甕が、底部から40センチのところまで埋められた状態で出土しています。つまり、大穴は護岸の役割を果たす瓦積みが施された水溜め、大甕は水を汲み置いたもの、掘立柱建物は水に関係した寺の付属施設と考えられているそうです。(遺構が奈良時代のものか平安時代のものかは未確認)

現在の国分寺墓地と遺跡調査会の間の通路はかつて水路で、水源は東山道の東側の湧水だったそうです。今、通路になっている道筋を西に延長して、等高線の低い場所をたどって行くと、まさにこの古代の「水施設遺構」の場所に到達します。東山道の東側の湧水をこの「水施設」に引き込んで利用していたことがわかります。

武蔵国分寺跡GIF.GIF

武蔵国分寺の寺院地の中に井戸跡はほとんど発見されておらず、祭事に使う聖水はもちろんのこと、僧侶や寺関係の労働者の暮らしの水、農地に引く灌漑用水、鍛冶などの工芸に使う水、すべての水が湧水でまかなわれていたはずです。しかし、実際にどのようにして水を利用していたかは、全くといってよいほどわかっていません。

僧寺寺院地の南西エリアに推定される修理院(鍛冶工房など)や、南東エリアに推定される花園など、水源地から遠い場所には何らかの方法で水を引いていたはずですが、寺域内に掘りめぐらされている「区画溝」は、水を流して水路として使った痕跡はないとのこと。水を流していれば土が酸化しているはずですが、溝底の土は酸化していないのだそうです。
しかし、溝の中に竹の樋をこしらえて水をめぐらせた、という可能性はないでしょうか。
湧水をどのように利用していたのか、解明が待たれます。

●平安時代
平安時代に七重の塔は神火(落雷)によって焼失しましたが、焼失から10年後(国分寺建立の詔からおよそ100年後)、男衾郡(おぶすまぐん)の前大領(さきのだいりょう)壬生吉士福正によって再建されました。

この前後に、武蔵国分寺は大改修が行われたようで、真姿の池にまつわる「玉造小町(たまつくりのこまち)伝説」の舞台もちょうど同じ時代です。国家仏教寺院としての武蔵国分寺の本尊は、本来、阿弥陀如来であったはずですが、ライ病(または天然痘)に苦しむ玉造小町が病気平癒を祈願したのは薬師如来だったようで、国家仏教の威光は既になく、信仰の中心は民間の薬師信仰に移っていたことがうかがい知れます。
玉造小町が夢に現れた童にみちびかれ、真姿の池の水で身を清めると、たちまち元の美しい姿に戻ったという伝説は、真姿の泉の霊験と薬師信仰が結びついたものと言えるでしょう。

●平安末期・鎌倉時代
平安時代末期、新田義貞の鎌倉攻めの折、劣勢となって鎌倉街道を一時、撤退の途中、武蔵国分寺の七堂伽藍は新田軍の放火によって焼失。しかし本尊の薬師如来像は自ら飛翔して難を逃れたと伝えられています。本尊が阿弥陀如来像から薬師如来像に、いつの間にすりかわっていたのかは謎です。
鎌倉攻めに成功した新田義貞は、焼失した武蔵国分寺の金堂跡に薬師堂を寄進し、その後、江戸時代になって薬師堂はハケ上の現在の薬師堂の位置に移されますが、武蔵国分寺焼失の際、自ら飛翔して難を逃れたと伝えられる薬師如来像は国の重要文化財に指定され、現在の薬師堂の本尊として祀られています。年1回、10月10日にご開帳されます。

●江戸時代から昭和
江戸時代に新田開発のために入植した農家は、住居は全てハケ下に構え、暮らしに湧水を利用していました。それらの農家は今でもハケ下に並んでいますが、元町用水北側の住居はすべて崖の際に盛土をほどこし、元町用水と元町通りの間の住居も全て盛土の上に建てられています。ハケ下の農家は昭和になってからも井戸を持たず、湧水で暮らしの水を賄っていたと聞きます。

真姿の池湧水は、時に勢力のせめぎあいの渦に巻き込まれながらも、常に水と信仰の歴史、水と暮らしの歴史が紡ぎ出された舞台であり、平穏と健康とを願う水への祈りが今に繋がる地です。

<参考>
下記のホ-ムペ-ジに、武蔵国分寺跡・真姿の池湧水群一帯の写真を公開しています。(約200枚の画像を公開予定)
国分寺崖線の四季~史跡・湧水フォト・ウォ-ク: 
http://blog.livedoor.jp/ethnickitchen/archives/cat_50036851.html
(器楽アンサンブル エスニックキッチンのブログ:)http://blog.livedoor.jp/ethnickitchen/



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